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あみじゃがに含まれる若干の虚無について

 最近昔のことばかりが頭をよぎる.ああしたらよかった,こうしたらよかった,とかとかとかいう後悔というよりも,自分の過去を景色のように眺めてぼうっとしている.これは末期症状というやつか.全部全部すり減っていって,痛みさえなくなってしまうのだろうか.まあ,それはともかく,いや,ともかくしていいのか知らんけど,最近,イマココに意識が集中していない.こういうときは一度物語の世界に入り込むのがよいはずなのだが,症状が重すぎて小説が読めない.薬を飲めばよいはずだが薬を口に含む体力すらない,運良く口に含めたとして飲み込むことができない,というような状態か.大げさな描写かもしれないが,重病人とは得てしてそういうものである.実際,寝たきりの老人などに接すると,嚥下という行為が奇跡のように思えてくるものだ.さて,こんな状態にあっては,書評などという行為は百万光年の彼方に霞んでおり,もはや天地創造,神の御業に等しく思える.極めて少数の,かつて何度も見返したアニメはなんとなく観ていられる.最前の薬のたとえに戻るならば,これは点滴のようなものである.しかし,そんなことをしたところで,何を生み出すことができるわけでもない.アニメに詰め込まれたたくさんの感情をシミュレートする己が心は躍動とは言わないまでも若干の動きをみせるが,その動きはさして持続せず,どんな感情も刹那に虚空に消えていく.結局,時間が溶けて無くなるだけだ.なんのこっちゃ.

 お腹がやたらと減ったり,全然減らなかったり,一定していない.しかし,スナック菓子をムシャムシャすることで気は紛れるらしい.化学調味料すごい.こんなものに騙されるなんて,なんて,なんて,なんて厄介な造形のジンのタイなのであろうか.人体や,ああ人体や,人体や.五七五である.いや,そんなことはどうでもよいのだ.そんなことより,こんな中毒性の強いものが,店によっては80円前後で手に入るという21世紀,どうかしている.なんだか,腹が立ってきたぞ.断固抗議したい.抗議したいが,どこに抗議すればよいのかはよくわからない.ともあれ,抗議するにも気力を充実させねばならない.よし,と私はあみじゃがの袋に手を伸ばす.うましお味である.ああ,ほどよく歯ごたえがあって食べ出があってポティトゥチップスなあみじゃがよ.なんて罪な食べ物だ.貴様の存在を滅してくれようぞ.ムシャムシャ,ムシャのムシャァ.そしてあみじゃがの袋は空き,汚れた窓の外で風に踊り狂う木の枝を見ながら,しかし少しきつくなったジャージのウェストは見ないようにして,私は一息つく.物理的存在としての私は若干増加し,精神的存在としての私は若干虚無を抱え込んだようだ.多分,あみじゃがには若干の虚無が含まれていたのだ.そうに違いない.この俺が保証する.栄養成分表示に書くべきではないか.いやしかし,虚無は栄養ではないのか.だから表示せずともよいのか.

 なるほど.なかなかどうして,世の中うまくできている.私以外は.