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業の深そうなアカウント巡り

zzz

 Twitterで業の深そうなアカウント巡りを延々として時間を溶かすことがある.こんな行為自体大変業が深いわけで,「業の深いアカウント」呼ばわりなど笑止千万なのだろうけれども.「業の深さ」なるものを見たいなら鏡で手前の面でも眺めてろ,とかなんとかいう話になるのだろうか.なるのだろう,多分.返す言葉がない.

 Twitter(の一部界隈)にあるのは,ただの記号列だ.しかしそれらは,具体的で経験的な,生活に根ざした生々しい怨嗟の声が煮詰められた果てに錬成されたものだ.

 もちろん,怨嗟の声を装ったフェイクも沢山あるのだろうが,そのようなフェイクをわざわざ作り出す発想が健やかなものとは言い難い.「フェイクを生産する工程を習慣として(/プログラミングによって)ある程度自動化すれば精神的な負担は少ないし,結果として注目を集められ(/広告料を得られ)て楽しいからいいじゃない」,というのは割り切った清々しい態度であるようで,最高に業が深いように思う.

 さて.Twitter(の一部界隈)にある業の深いアカウントの話であった.私のように徳の低い人間は,そこで錬成されているものを表面的には忌避しつつ,時々,延々とそういうものに自分をさらして絶望ごっこをすることで時間を溶かす.

 かつて知人は言った.
「わざわざ肥溜めの蓋を開けて匂いを嗅いで,『くせえ』って言いたがるなんて」
道理だ.でもそんな道理を弁えているなら,こんな様になっていない.