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数学の証明はラブレターだって君は言うけど

日々の記録

 かつて知人は言った.
「数学の証明はな,ラブレターなんや.読む人の気持ちを想像しながら,自分の気持ちを丁寧に説明するんや」
 あれから幾星霜,数学の各種刊行物でしばしば出会う言葉がある.

Proof. Clear.
Proof. Obvious.
Proof. Routine.

 これはラブレターなんでしょうか.愛をささやくラブいレターなんでしょうか.私は手にしたボールペンをバキバキと砕きながら,死んだ魚の眼で虚空をみつめ,誰にともなく問いかけてみる.誰も,こたえてはくれない.

 週末を完全に潰し,睡眠時間もいくらか削った.しかし進捗はない.進捗入れますか,進捗マシマシで,などと,ひとりで虚しい小芝居をした.やはり進捗はない.意味もなく顔ドラムをして机と親睦を深めてみた.そして進捗はない.なぜだ,なぜ私は進捗を得ることができないのだ.否.慨嘆しても虚しいだけだ.ただ嘆くだけなら猫でもできるぞ.いや,猫は嘆いている暇があったらひなたぼっこしながら寝ていそうだ.悲嘆にくれる猫など聞いたことがない.うむ.猫とは実によいものである.いやいやいやそうじゃない.ただ嘆くのではなく,嘆くべき状況とやらを精査しろ,問題として定式化しろ.さて,私の問題とは何か.決まっている.私は如何にして進捗を得る方法に至るべきか.これについて真に驚くべき証明を見つけたが,それを書くには余白が狭すぎる.そして何より,愛が,証明に託して届けるべき愛が足りない.

カピバラになりたい

日々の記録

 free categoryの理解がいまいちである.freeでない,ということが何をもたらすのか,それがわからないと色々厳しそうだ.計算機科学で扱うものの多くがfreeであり,それが計算可能性にも関わっていることを知り,なんだかわかったような,わからないような.進捗は相変わらずだが,こういうふわふわした感じが結構心地よいので,手ごろな長さの丈夫なロープをホームセンターに買いに行ったりはしていない.ちなみに,ロープをかけるのに具合のよい木の枝の目星はつけてある.

 ここ数日,人間との言語コミュニケーションをまともにとっていなかったために,自分が人間であることに自信が持てなくなりつつあった.妙な表現だが,本当にそんな感じである.が,今日は3時間ほど立ち話をし,「人間っぽさ」のようなものを少し思い出した.私にとって,「人間っぽさ」というのは日々の積み重ねにより獲得されるもののようである.「人間っぽさ」の獲得に日々の努力が必要なんて,実は私は人間じゃないのかもしれない.ていうか,実はカピバラだったりしたらいいなあ,などと思わないでもない.カピバラとして日がな温泉に浸かっていられたなら,もっと幸せに生きることができるのではあるまいか.ああ,カピバラになりたい.いや,むしろ,俺がカピバラだ.きっとそうだ.そういうことにしておきたい.是非.

 さて,3時間ほど立ち話をしていたわけだが,実は立ち話をしているわれわれの半径30cm以内には十分な数の椅子があった.しかし,相手は椅子に座ろうとするそぶりも見せない.相手は,社会的経済的政治的に大変まっとうな方であり,かつ私の話相手をする程度に人間が練れた人生の先輩である.奇特な方である.そんな人が座らないのであるから,私としても座るわけにはいかない.というか,今書いていて気づいたが,むしろ先輩に椅子をすすめるのが礼儀ではなかったか.これだからワナビーカピバラな三十路はダメなのだ.まあ相手もあんまり話に乗り気じゃないかもと思ってすすめられなかったのもあるけど.ともあれ,3時間の立ち話という,人類史上それなりに繰り返されてきたであろうが,私史上それなりに珍しい事象が発現した.3時間の立ち話から得るものは大変大きかったが,足腰の衰えを痛感した.以前であれば,これくらい楽勝とは言わないまでも,そこまで疲れはしなかったのであるが.やはり運動不足の三十路はだめだなあ,と涙がこぼれないように上を向いて家路についた.

 いい加減,運動習慣を取り戻さなければならない.あみじゃがをムシャムシャしている場合ではない.が,その前にとりあえず足腰に癒しを与えたい.温泉に行きたい.そして,やっぱりカピバラになりたい.湯けむりのなかで,ただ目を細めるばかりで微動だにしない,カピバラになりたい.