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三十路のおじさんの感傷が今日も電脳空間に放たれる

zzz

 なんでもない話を書こう.

 と,思い立ってキーボードに手をかけたものの,とりたてて書くことがない.「〜がない」というぐらいだから,「〜はある」とか続けると文章のリズムがよいわけだが,生憎とネタがない.だいたい今の私には何もないのだ,とか感傷的なセリフを書くのをやめようかと思ったけど書いてしまった.こうして,三十路のおじさんの感傷が今日も電脳空間に放たれる.「垂れ流す」などというとどうにも汚らしいが,「放たれる」というとどこか清清しいような気がする.まあ,どう言い繕ってもやっていることは同じである.なお,「放つ」を用いて主体を明らかにしていないのも重要である.金も暇も将来もない三十路のおじさんは,往々にして無責任なのである.さて,ここまでの文章が含む情報量は極めて少なく,極めて三十路のおじさんの感傷である.極めて,の使い方がどうにもおかしい.まさしく,あたりが適当か.しかしそんなことはどうでもよい.とにかく,三十路のおじさんの感傷が今日も電脳空間に放たれる.これを情報汚染という.さっきそう決めた.

 さて,なんでもない話について書こう.

 時々,なんでもない話をしたくなる.本当にどうでもいい話でよい.むしろ内容があってはいけない.下らない,しかし下品ではない話がよい.友人となんでもない話をした帰り道,信号待ちをしながら夜の街の音に耳をすませていると,心のこりのようなものが和らいでいることに気づく.なんでもない話は,ある意味,なんでもなくはないのだろう.

モナドの数だけ強くなれるよ

日々の記録

 モナドを理解するべくAwodeyを読み始めたはずだが,いろいろあって滞っている.なおタイトルに深い意味はない.ふと思いついたので書き残しておきたくなった.

 今日は帰り道に素敵百合カップルを見かけたので,定義により,いい一日だった.アッシュブラウンロングの女性と黒髪ベリーショートの女性が手をつないで信号待ちをしていて,黒髪さんはアッシュブラウンさんの髪と左肩のあたりにぎゅーっとおでこをくっつけていた.アッシュブラウンさんはゆるふわな感じであり,黒髪さんは全体的にシュッとした感じでありつつ首からかけたカメラのごつさとその紐の赤の鮮やかさがアクセントになっていた.小柄で細い二つのシルエットが夕闇に浮かび上がる様子をぼんやりと見ながら,帰り道のどこで次元を間違えたのだろう,あの曲がり角は二次元の入り口だったのかな,などと益体もないことを考えた.否.現実は創作物を超えていく.美しかった.